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「意見には個人差があります」
JUGEMテーマ:日記・一般

RCサクセションの「COVERS」を聴いたのは、中学一年の時だった。

僕はチェルノブイリのことはよくは知らなかったが、単純にアジテートされた。すげえ、と思った。言えないことを言ってしまうカタルシス、主張するカタルシス。ブルーハーツも、佐野元春も、同じように叫んでいた。僕の知らないずっと上の方に黒い箱があって、その中にいる偉い奴らが俺たちを騙して操ろうとしている、その通りだ、そう思った。

RCサクセションは当時東芝EMIという、原子力発電所を作らせたら世界で3本の指に入る会社が資本のレコード会社に所属していたが、この「COVERS」やシングルの「ラブ・ミー・テンダー/サマータイムブルース」は、「素晴らしすぎて発売できません」という迷言を残して発売中止した。変わってKittyレコードが発売し、RCのアルバムとしては珍しく、チャートで1位を獲得した。

その翌年の秋、今度は「タイマーズ」名義で「デイ・ドリーム・ビリーバー」のシングルが出た。当時人気のあったカップラーメンのCMソングにもなって、けっこう売れたのだが、僕はそのCDシングルのジャケットを見てびっくりした。ジャケットには、「販売元:東芝EMI」と書いてあったからだ。結局、これを買えば東芝の資本に金が落ちるのだな、と思うと、何だか膝から力が抜けてしまった。無論、それ以降のCDは全く買っていない。

いや、僕は忌野清志郎やタイマーズやRCサクセションが、「結局でかいことを言う割に巨大資本の軍門に下ってしまう下衆野郎」というつもりは全くない。彼らは、ロックンローラーであり、アジテーターであった。ただ、それ以上でも、それ以下でも、ない。そして、単なる大衆の一時的な賛同とカタルシスの享受だけ、単なる一過性の「反原発ブーム」では、世の中が変わらないことは、それから3.11までの年月がそれを証明しているのだ。

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斉藤和義に対しても、できることをやった、すげえ、と思う気持ちは変わらない。身分を明かし、リスクを省みず、なかなか言えないことを言う、というのはミュージシャンの本分の一つであろう。彼もロックンローラーであり、アジテーターである。

でも、それ以上でも、それ以下でもないのだ。さだまさしは、昨日の生放送で「ミュージシャンは無力だ」と何度も繰り返しながら、涙を流して歌を歌っていた。別に震災のことや原子力発電所のことを明確に歌っているわけではないが、心の奥底で思っていることは、ひょっとしたら斉藤和義と同じではないか、と思う。それ以上でもそれ以下でもないことを引き受けながら、世に問う、ということは。

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残念ながら、世の中は全く動いていない、僕には反原発ブームのリバイバルを見ているようにしか、今のところ感じない。それは、斉藤和義が歌うところの「ウソだった」という言葉が独り歩きしすぎているせいでもあろう。

チェルノブイリの時は、まだそれでも良かったのかもしれない。なぜなら、この国の中に、かの事故での本当の意味での被害者は、いなかった。だからこそ、"上の方に黒い箱があって、その中にいる偉い奴らが俺たちを騙して操ろうとしている"というのは、世論を喚起し問題提起をするうえでは、まあ足りていたのだと思う。だが、今回は違う。この国の中に本当の被害者がいて、しかも日々増え続けている。そんな中で「ウソだった」をキーワードに一億総被害者化したら、どうなるか。問題は濃くなるどころか、安っぽいアジテートに薄まっていくばかりだろう。みんなが被害者面することが、果たしてこの緊急かつ重要な懸案事項がうず高く積みあがっているこの状況では、却って逆効果になるんじゃないか、とさえ思ってしまう。

それこそ、「きみの汗は美しい」的なかつての学生運動や、過去の反原発"ブーム"と同じで、思考停止(それも一過性の)しか生まない。そして、いままでと違うところは、その状態が続くと、極端なことを言えば、最終的に反原発を叫びながら、みんなで被曝して死んでいくということになる。今までと同じことを繰り返してもいいけど、今度はヘタをしたらみんな「本当の被害者」になるかもしれないのに、だ。

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僕自身は、東電も、政府も嘘つきで、俺たちは騙された、と大声で喚く気になど、今は正直言ってなれない。1988年に「COVERS」で提起された問題を、棚上げして暮らしてきた。ある意味、そのツケがこうやってまわってきたんだ、と思うと、斉藤和義の歌に対して、同調して拳を振り上げる気になど、さらさらなれない。今飲んでいるこのグラスの水の中に、放射性物質が潜んでいたとしても。

繰り返すようだが、僕は別に斉藤和義の替え歌の作詞内容について、いろいろ言いたいわけではない。彼は彼のできることを彼の方法でやったと思うし、こうして悶々と考える機会を僕は彼のお陰で得ている。この手のアクションの意味は作品の中身でなく、行動そのものであり、それは尊いことである。

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右か左か、白か黒か、みたいな踏み絵をやっている時間なんて全然ない。足元で必要だと思われること、例えば、今動いている原子力発電所について、今まで「想定外」だったリスクをちゃんと「想定内」にできるのか、とか、今福島で何とか食い止めようとしている動きをもっと効果的に、効率的に、正確にできないのか、とか、これからも来るであろう余震に対してどんな備えをしているのか、できるのか、とかそういうこと。たった今のことをいえば、それを迅速かつ確実に出来る力を持つ人がリーダーであるべきだし、あって欲しい。

「で、お前は結局原発推進派なの?反対派なの?」とか、間違っても聞かないで。そんな風に聞いちゃうメンタリティこそ、過去と同じ過ちを繰り返す源だと思う。

 

| 雑感 | 01:12 | comments(5) | - | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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えー・いー・でぃー
JUGEMテーマ:日記・一般

秘密兵器もを配備しただけでは、人の命は救えないのだ。咄嗟に行動するためには、頭でだけ分かっててもしかたがない、訓練が必要なのだ。こういうモノはテキトーに配備しても、何の効果もない、それを痛感する出来事に今日遭遇した。

ツールの使い方がいくら簡単になっても、その簡単な使い方をみんなに広めても、「何だか分からないけど倒れてしまった人に対して専門家でもなんでもない自分が手を下す」ということに対する心理的なハードルが時間のロスとなり、手当てが遅れてしまうのだ。迷った人を責めるわけではない。ただそういうハードルを低くすることこそが、こうしたツールが誰でも操作できる簡単なものとなって普及している今、必要なんだと思うのだ。といって、何をどう言って聞かせればいいのか、僕にはまだよく分からないけど。

周りのみんなは忙しくて、それに立ち止まっている風ではないようだが、僕は立ち止まって、とてももやもやしている。いろいろな「たられば」が頭の中を駆け巡って、苦しい。

| 雑感 | 22:56 | comments(0) | - | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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崩。

 平日の仕事が忙しくて、週末にちょっと変わったことをするとすぐ崩れる。生活のリズムの崩壊にめっぽう弱くなった。これはホントーに体力の衰え以外の何者でもない。回復する力が著しく落ちている。さりとてこれを取り戻さんと何かをしようとするわけでもないところが、まだまだ深刻だと思っていないということなのだろうが・・・。

酒にも非常に弱くなって、ライブの会場とかでほぼ飲めなくなった。飲みたい気持ちはあるのだが、飲むと碌なことにはならないので。家でビール一杯半飲んだら頭が激痛で、半端な時間に眠ったら半端な時間に起きてしまった。ある種最悪な展開の日曜日の夜、である。

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久しぶりにレビューの方も更新した。→日食なつこ 「ヒューマン」

週末にこの人のライブを見に行った。秋葉原の50人入れば一杯になるライブハウス。久しぶりにすごいなーと思う鍵盤の弾き語りをする人を観た。プレイする鍵盤のフレーズのことをよく考えたボーカルと、ボーカルのことをよく考えた鍵盤のフレーズ。1人30分ずつのイベントだったが、早く東京でワンマンを聴きたい、もっともっと聴いていたかった。去年の夏に小谷美紗子のライブのことを書いたけれども、期待値込みで充分比肩する存在になると思う。

なぜだか分からないけど、毎年毎年2月は新しい音楽との出会いが多いような気がする。年度末の数合わせのベスト盤を買う趣味はないんだけどなぁ。なぜだろう。

| 音楽雑談 | 01:07 | comments(0) | - | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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