2009.08.14 Friday
もう一度、あの色のバスに会いに。
僕の公共交通機関の原体験はバスとタクシーである。生まれた町には鉄道路線が全県で3本しかなく、鉄道というのは珍しいものだったからだ。後年僕が車に狂ってしまっているのもそれが大いに関係あるのだと思う。
母親が車を運転しないせいもあって、小さい頃医者に行ったりする際に、タクシーはよく世話になった。昔のタクシーは、止まっているのに近づくと、LPガスで動くエンジンの車特有の、ちょっと刺激臭っぽい排気ガスの匂いがして、塩化ビニールのリアシートに乗っかってその仄かな匂いを嗅ぐとなぜか安心した気分になった。そして、自分の家の車にはない、ステアリングコラムから生えるシフトレバーを漕ぐ運転手の姿に憧れた。
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鼻を患っていた僕は、学齢になるかならないかのうちから、よく1人で路線バスに乗せられて、街なかの耳鼻科の病院まで通うことがあった。そのうち、それが大丈夫と分かると、バスでも40分くらいかかる祖父母の家へも、一人で遊びに行くようになった。今思えば、その頃妹がちょうど手のかかる頃であり、僕を一人でどこかにやるというのは、母親にしてみても「心配ながらもありがたい」ことだったのかもしれない。
くすんだ灰色の地に、これまたくすんだ桃色のそのバスで、その後も、通院はもとより、図書館へ、買い物へ、そして高校のときは雨の日の通学へと、僕は「社会」の片隅に出て行くようになった。今のようにICカードのようなものはなかったから、よく財布の中に回数券を持ち歩いていたりもしてた。バスのくすんだ色は、僕が県外へ出て行くと決めた頃にはアイボリーにくっきりとした紺色のラインが入るデザインに変わり、その後、バス会社が所属するグループ統一だという、黄緑色が目立つデザインに変わり、バスターミナルの風景はほとんど埼玉の浦和あたりとまったく変わらない景色になってしまった。
あの色のバスがもう一度走るというので、そのためだけに甲府に帰った。

数人の乗客を乗せて、このバスでよく通った昔の祖父母の家の近くを通る路線を走った。木の床板にしみついた油の匂いが、なつかしい。祖父母の家からの帰り、バス停で家までのバスに手を上げ損なって乗り逃がし、不憫に思った後続のバスの運転手が僕を拾って追いかけてくれたこととか、整理券の番号の「9」を「6」と読み違えて、お金が足りないと思い込んでバスの中で一人ものすごく困ったこととか、バスの後部座席の隅っこで、生まれてはじめて「君が好きだ」と云ったこととか、もう10何年も思い出していなかったことが、すっかり変わってしまった窓の外の風景を見ながら頭に浮かんでは消えた。
こういう休みも、そして時間が経っているということも、悪くはないなと帰りの特急の中で思った。
母親が車を運転しないせいもあって、小さい頃医者に行ったりする際に、タクシーはよく世話になった。昔のタクシーは、止まっているのに近づくと、LPガスで動くエンジンの車特有の、ちょっと刺激臭っぽい排気ガスの匂いがして、塩化ビニールのリアシートに乗っかってその仄かな匂いを嗅ぐとなぜか安心した気分になった。そして、自分の家の車にはない、ステアリングコラムから生えるシフトレバーを漕ぐ運転手の姿に憧れた。
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鼻を患っていた僕は、学齢になるかならないかのうちから、よく1人で路線バスに乗せられて、街なかの耳鼻科の病院まで通うことがあった。そのうち、それが大丈夫と分かると、バスでも40分くらいかかる祖父母の家へも、一人で遊びに行くようになった。今思えば、その頃妹がちょうど手のかかる頃であり、僕を一人でどこかにやるというのは、母親にしてみても「心配ながらもありがたい」ことだったのかもしれない。
くすんだ灰色の地に、これまたくすんだ桃色のそのバスで、その後も、通院はもとより、図書館へ、買い物へ、そして高校のときは雨の日の通学へと、僕は「社会」の片隅に出て行くようになった。今のようにICカードのようなものはなかったから、よく財布の中に回数券を持ち歩いていたりもしてた。バスのくすんだ色は、僕が県外へ出て行くと決めた頃にはアイボリーにくっきりとした紺色のラインが入るデザインに変わり、その後、バス会社が所属するグループ統一だという、黄緑色が目立つデザインに変わり、バスターミナルの風景はほとんど埼玉の浦和あたりとまったく変わらない景色になってしまった。
あの色のバスがもう一度走るというので、そのためだけに甲府に帰った。

数人の乗客を乗せて、このバスでよく通った昔の祖父母の家の近くを通る路線を走った。木の床板にしみついた油の匂いが、なつかしい。祖父母の家からの帰り、バス停で家までのバスに手を上げ損なって乗り逃がし、不憫に思った後続のバスの運転手が僕を拾って追いかけてくれたこととか、整理券の番号の「9」を「6」と読み違えて、お金が足りないと思い込んでバスの中で一人ものすごく困ったこととか、バスの後部座席の隅っこで、生まれてはじめて「君が好きだ」と云ったこととか、もう10何年も思い出していなかったことが、すっかり変わってしまった窓の外の風景を見ながら頭に浮かんでは消えた。
こういう休みも、そして時間が経っているということも、悪くはないなと帰りの特急の中で思った。
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